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岩手県平泉 達谷窟(たっこくのいわや)毘沙門諸堂

2022/04/11

自分でも驚いているのだけれど、2019年4月からブログ記事を書きはじめて、まもなく丸っと3年!

実際に関わったこと、行ったこと、聞いてきたことを原則として続けてきたので、これは自分の手記でもあったり。

とはいえ、記事に至らないままのものも、チラホラと目についてきて、整理をしようとしたところ、繁忙時期に埋もれてしまっていたものを見つけました。

さて、時は遡り・・・昨年の晩秋に訪れた岩手県の平泉。

中尊寺(金色堂)等は、2011年に資産名「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-」で世界遺産登録となって久しいですが、ご無沙汰していた、厳美渓も含め、それら抜群に有名な観光地へ向かう途中のこと・・・

進行方向に広がる秋晴れの空の下。

明るい黄土色の岩にうずくまる、朱色の屋根のお堂の姿が出現しました。

ガイドブックを持たないのはいつものことで(行き当たりばったり精神)、またまたまた知らずに辿り着いたのがここ。

達谷窟毘沙門堂(たっこくのいわやびしゃもんどう)


道路から容易に臨める境内の様子に、ただならぬ雰囲気を感じて、慌てて駐車場へ。

この神域の縁起を見ると、かの坂上田村麿の東征の霊跡である、という記述に始まり、吾妻鑑での記述、鎌倉時代の棟梁であった源氏との関係性など、歴史の重さに押しつぶされそうに。。。


堅牢な石造りの鳥居。さらに進むと朱色の山門。

どちらの扁額も異国情緒・・・というよりも宇宙的な印象を受けます。


岩窟のお堂は始めてかも!!

『懸造り(かけづくり)建築』(急峻な崖や山の斜面にへばりつくように建てられた寺院建築)の代表ともいえる、京都の清水寺のようなお堂を支えているのは・・・

垂直な束柱に穴を開け、そこへ水平に木材を通したものが貫(ぬき)、朱色も眩しく、いかにも頑丈。


後で調べたら、ここは日本一大きな岩屋のお堂との記述がありました。

入口から見上げると、人工物が飲み込まれているみたいで、すごい迫力です。


お堂の中は撮影できませんが、厄を払い、福を招き、諸々の御利益が得られる最強の御札と称される「牛玉寳印(ごおうほういん)」の護符を授かることができます。

この護符を見た時に、鳥居、山門の扁額の意匠の意味が理解できました。


お堂を出ると巨大な岩壁に刻まれている『大磨崖佛(約33m)』のお姿。

手前の拝礼所の人と比べると、その大きさが分かると思います。

そして、お堂の前の池には橋が渡してあり・・・


『蝦蟆ヶ池辯天堂』が鎮座。

弁天様は、ご悋気であらせられるので、本気のトーンで「告(下の写真)」が。。。

しばらく様子を見ていましたが、意図して別行動をされた方々はお見かけしませんでした。


朱色の建造物が立ち並ぶ域から少し離れると・・・『姫待不動堂』がありました。

桂木の一本彫の大像がご本尊で大変珍しいとのこと。製作は平安後期!

「酉歳の守本尊として、宮城県栗原の信者が生涯一度の大願を掛けに参拝する習わしが現在も続いている。」との説明書きがありました。


茅葺屋根に根を下ろした植物。

”姫待”不動堂という名前に、もの悲しい印象を受けましたが、昔々、この地で大暴れした徒党からさらわれたという都の姫君の悲哀な物語がありました。


奥の方には『金堂』(昔は講堂と呼ばれていた)


金堂の前には、樹齢500年と推定される大きな”オッコウ”が堂々、枝を広げておりました。(”オッコウ”は、主に東北地方の呼び名のようで、イチイのことのようです)


八百万と言われる神の国である日本。

その神々を祀り、人々のひたむきな信仰を集め、永い永い時間、ただただ在りつづける寺社仏閣。

もともと歴史にロマンを感じ、特に当時の姿を留めた日本的な歴史建造物に惹かれてしまう性質。

それらには、たとえ偶然であっても、足を止めた瞬間から、自ら出会いに行くという濃い感覚があると思います。

現地では厳かな空気を吸い込んで、周りの景色や景観を愛でて

また後に、新たな発見がある反芻の時間は楽しいものです。

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