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本山慈恩寺 ~山形が誇る いにしえの巨刹~

2019/09/21

久しぶりに寒河江まで出かけ、立ち寄った「道の駅」に流れるプロモーション映像に、思わず見入ってしまった。

その映像は、寒河江市にある「本山慈恩寺」(ほんざんじおんじ)を紹介する内容。

いかにも悠久の歴史を感じる風格漂う境内の様子

外観に色彩は感じられないが質朴な中にただならぬ重厚感のあるお堂の佇まい

そして、何よりも惹きつけられたのは画面から誘う仏像の威容である。

 

道の駅「寒河江」(さがえ)から車で7分くらいの場所とあるのでさっそく出発した。

それほど山深いところではないが、山端にへばりつくように勾配の強い坂道を車で登っていく。

境内には厳めしい三重塔、正門に向き合うと仁王様が双方から睨みをきかせている。



お参りをしたら、堂内からお声がかかり、なんとボランティアガイドの方がご案内して下さるとのこと。

本堂内に一歩足を踏み入れたら、とにかく古い。

柱や梁などの建材も、長押にかかる絵も、龍や天女の天井図も、すべてに悠久の時が降り積もっているのを感じる。

“天女の天井図”は非常に珍しいそうで、恐れ多いが、4人の天女様は個性豊か、エキゾチックな目鼻立ちの美女集団である。

当時は極彩色を施されたものであったに違いない。

色の褪せや随所に落剝はあるものの、むしろその方が目を凝らして自分の中で線をなぞり、想像する余地を与えてくれる気がした。

国指定重要文化財が多数あるため、写真撮影はNG。

それもそのはず・・・説明を聞いて驚いた。

この寺院は聖武天皇の勅命により、天平18年(746)に開山されたという。

・・・聖武天皇って、あの奈良の東大寺を建立した帝!である。

したがって本山慈恩寺に安置されている仏像の数々は、かの都の地で、当代超一流と謳われた仏師たちの手によるものなのだそう。

また、秘仏のため、ご開帳の時しか尊顔を拝めないが、ご本尊である弥勒菩薩様とお守りする仏様の配置は、まさに国内第一級の“格式”のある配置であるという。

そんな格式のある本山慈恩寺は、時代を追うごとに、そうそうたる“時の権力者”たちの庇護を受けてきている。

しかし、栄枯盛衰が歴史の常、まさしく時代に翻弄された一面もある。

 

さて、本堂を十分すぎるほど堪能させていただいたが、

この日一番の衝撃は、“薬師堂”の中に待ち受けていた。


ご本尊は人々を病の苦しみから救済する薬師如来様。

両隣には日光菩薩様と月光菩薩様がおられる。

ガイドの方から、以前、よその寺院のご住職の説明で「2体の菩薩様は、いわば看護師さんで、日光(昼間)、月光(夜間)の2交代制である」とお話されていたとお聞きし、破顔と同時に納得する。

 

そして、薬師三尊のすぐ後ろに小さな廊下が巡っており、親衛隊である“十二神将”が勢揃いしている。

こんなに至近距離で凝視できるところって他にあるのだろうか・・・

独特の空気感に吸い寄せられて近づくと鳥肌が立ってしまう。

体長はそれほど大きいものではないが、力強い躍動感に溢れており、十二も打ち揃っていると、小宇宙を垣間見ている気持ちになる。

それぞれ“干支の守護神”でもあり、基本的に憤怒の形相だが、どこか親しみが沸いてくるのが不思議。

自分の干支の守護神からどんな感情を受け取るのか、人にもよるし、その人のその時のバイオリズムによっても違うらしい。

 

あとで知ったことだが、この十二神将像は鎌倉時代前期に造像されたもの。

鎌倉前期といえば、運慶快慶らが隆盛を極めた仏師の黄金時代。

”十二神将像”自体は、同じ時代に造像されたものが、全国に数多く残っているそう。

その中でも本山慈恩寺の十二神将像は秀作の誉れが高く、日本を代表して、何度か海外にも出陳されている、と記述があった。

 

仏像がお好きな方々には超有名スポットかと思うが、寒河江に訪れる機会があればお立ち寄りいただき

何故、東北のこの地に本山慈恩寺が建立されたのか

(昔の距離感で言えば)遥か遠い都でなされた帝勅旨の経緯

教科書で習った歴史上のビックネームが飛び出す逸話の数々

それらを、是非、現地でお聞きいただきたい。

 

訪れた一人一人がそれぞれに神仏と出会い、色んな感情をもたらすところが神社仏閣の素晴らしさかと思う。


本山慈恩寺

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